先日の記事「父の死と向き合わなかった~複雑なグリーフを越えて」では、ご両親を失った男性からのメッセージを紹介しました。母親の死後は悲しみを感じたけれど、複雑な関係にあった父親の死後は悲しみではなく、怒りを感じたという方からです。記事について、彼からコメントが届きました。
グリーフという言葉を、私はただ「悲しい」という感情のこととしか捉えていませんでした。グリーフは症状であり、つまり、ずっと続いていくかもしれない状態なのですね。
母が亡くなって、まる一年は、ほとんど何も手につかない状態でした。一周忌を過ぎたころから、少しずつ動けるようになりました。しかし、二年目を迎えようとするころには、既に、コロナが拡まって、お墓参りにも行けませんでした。コロナに対する自粛が身についてしまったのだろうかと思われるほどの〈動けなさ〉を感じています。
ブログ記事を読んで、たとえ私が父のことを忘れたとしても、父との問題、つまり、私自身の問題は終わっていないのだ、ということが分かってきました。「前に進めない」状態とは、どうやら、コロナばかりのせいではないようです。父との〈clousure〉がないことから来ているのかもしれないとも思えてきました。
母の死は、私にグリーフというものがあることを教えてくれたのかもしれない。そして、いま、父に対するグリーフと向き合う準備をしてくれたのかもしれない。
「向き合うのに遅すぎることはありません」という言葉は、私を励ましてくれます。何事にせよ〈向き合うこと〉ができるように、毎日できるだけ丁寧に生活していきたいと思います。自分のなかに居座っている厄介な〈怒り〉を抱えながら。
グリーフとは悲しみだけではなく、怒りや後悔など様々な感情を含みます。また、グリーフは私たちの心だけではなく、思考や体にも影響を及ぼします。お母さまの死後、「何も手につかない状態」になったこともグリーフの症状と言えるでしょう。
私の大学の恩師で米国認定音楽療法士のジム・ボーリング教授は、人間の心の回復についてこう語っています。
(回復とは)自然な発達過程であるものを解放するんです。ヒューマニズム的な考えで言うと、自然に任せれば、人は最大限の可能性を達成します。でも邪魔が入ったり、トラウマを経験したり、人間関係の問題に巻き込まれたりしますよね。そうすると、自然な成長の流れが妨げられるんです。
~「ジム・ボーリング:インタビュー」より
人間の成長を川の流れに例えるとすれば、本来それは流れるはずの方向に流れていくようにできているのだと思います。でも、トラウマやグリーフなどが流れをブロックしてしまう場合がある。そして、怒り、悲しみ、恐怖など様々な感情がダムの水のようにたまってしまうのです。これは比喩的な意味ですが、男性の場合は実際に「動けない」「前へ進めない」感覚があるようですので、文字通り心のブロックを感じているのでしょう。
私たちが抱いている感情や記憶をダムの水だと想像した場合、セラピーとはその水を少しずつ流していくような過程です。水が流れることでエネルギーが生じるのと同じく、感情を解放し、表現することによって、人間がもともともっている力が引き出されるのです。
もちろん、この過程は簡単なことではありません。心理学者のユングは「情熱の炎を通り過ぎない人間は、それを克服できない」という有名な言葉を残しています。ここで彼が指している「情熱の炎 」とは、男性がメッセージで表現したような心の痛みや苦しみのことです。
このような感情を避け続ける限り、心は回復しません。長年積もり積もった感情は、心が麻痺したような感覚につながる場合があります。そして、生き生きとした人生を送ることが難しくなるのです。だからこそ、「情熱の炎」に近づいてみる。心の痛みや苦しみを避けるのではなく、感じ、何等かの形で表現してみる。そうすることで少しずつ変化が起こります。
ボーリング教授はセラピーにおいてクライエントにとって一番大切なことは、本人の気づきだとも語ります。「この問題に取り組まなければいけない」という認識が何よりも大切で、全てはそこから始まるのです。男性はすでに自分の怒りを認識し、グリーフと向き合うプロセスを始めているのだと思います。
私はホスピスの患者さんとのセラピーを通じて、人間は人生の最期まで成長できることを知りました。心の回復に遅すぎるということはありません。男性からのメッセージは、そのことを思い出させてくれました。
情熱の炎を通り過ぎない人間は、決してそれを克服できない。人間の存在の唯一の目的は、単なる存在の暗闇の中で明かりをともすことである。他人が私たちを苛立たせるものはすべて、私たち自身の理解につながる。~カール・ユング
A man who has not passed through the inferno of his passions has never overcome them. As far as we can discern, the sole purpose of human existence is to kindle a light in the darkness of mere being. Everything that irritates us about others can lead us to an understanding of ourselves.” ― Carl Jung
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