死が近づき、反応がなく、目が開けられない患者さんであっても、耳は聞こえている。
聴覚は最期まで残る感覚であることをご家族に説明すると、 「どうしてそんなことがわかるのですか? 」と聞かれることがある。これはホスピスで働いていれば、経験としてわかることなのだ。私もホスピス音楽療法士として年月を重ねる間、この現象を何度も見てきた。
音楽療法士として働きはじめた1年目、アンという患者さんと娘のグレースに出会った。部屋に入ると、アンは目を閉じてベッドに横たわり、頭からつま先まで震えていた。グレースはベッドの横で泣いていた。母親のこのような状態を見ることがつらかったのだろう。
グレースの話によると、アンはここ数日間意識が無く、ずっと震えも止まらない状態らしい。 音楽によってアンを安らげることができるかもしれないと説明すると、グレースは音楽療法に同意し、アンが昔から賛美歌が好きだったことを教えてくれた。
私がギターの伴奏で賛美歌を歌いはじめると、曲の途中で突然アンが、「聞こえる!」と言った。まるでその言葉を放つために、残されたすべてのエネルギーを使っているかのように。
グレースは椅子から飛び上がり、「今聞いた?!」と驚いた顔で言った。
アンはまだ震えていて、目を閉じた状態だった。歌が終わり、「歌、気に入った?」とグレースが聞くと、アンはおだやかな表情で微笑んだのだ。
信じられないような反応だった。
私は次に「アメイジンググレイス」を唄った。するとまた、「聞こえる!」とアンが叫んだ。この時の彼女の声は最初より鮮明で、力強いものだった。そして曲の最後には、彼女の体の震えがピタッと止まったのだ。
「私は母が心配で、2日間家に帰ってなかったんです。でも少し安心しました。休息をとりに家に帰ります」
グレースが微笑んだ。
聴覚は最期まで残る感覚だということを、アンは教えてくれた。死に近い状態で彼女のように音楽が聞こえる事をはっきりと示す人は珍しいが、彼らから予想外の反応があることは稀ではない。
音楽は、患者さんやご家族に安らぎを与えることができる。聴覚が最期まで残っているということは、ホスピスで働く音楽療法士には重要な役割があるということだ。
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のりさん、コメントありがとうございます。音楽の力というものを感じますよね。
由美さん、私もホスピス音楽療法士として、似たような経験があります。大切な情報をブログでシェアして頂き、ありがとうございます。