乗り越えることの意味
お母さまを亡くし、グリーフ(悲嘆)を経験している読者からメールをいただきました。彼女の心に響いた一冊の絵本があるそうです。『くまとやまねこ』( 河出書房新社)という絵本で、友だちのことりをなくしてしまった、くまの物語です。
ことりが死んでしまった後、くまは部屋に閉じこもってしまうのですが、やまねこのバイオリンがくまの心に変化をもたらします。そして、くまはやまねこのくれたタンバリンを練習し始めるのです。
彼女からのメッセージには、こう書かれていました。
このクマの状況がこの1年間の私にそっく
りなので、初めて読んだのですが、佐藤さんのイメージが出てきたので、メールを送らせていただきます。 誰にも理解されず閉じこもったクマは、ヤマネコによって癒されるので
す。ヤマネコがクマの気持ちに寄り添い、バイオリンを弾くことによって、クマは亡くなった小鳥との楽しい日々を思い出し、また新たな世界を歩き始めるのです。 死を前にした人ではなく、遺された側のグリーフケアに音楽が使われてる絵本なんですね。
作者が音楽学校出身の方だからかもしれませんが、音楽療法とはちょっと違うけど、音楽の力が人の心に影響を与えるという意味では同じかもしれませ んね。
『くまとやまねこ』のあらすじは、「死ぬまでに読みたい絵本」をご覧ください。
音楽の力や共感してくれる人の存在の大切さを教えてくれる物語ですね。そして、グリーフを乗り越えていくこと(get through) の意味についても考えさせられます。
グリーフを克服すること(get over)はできませんが、大切な人を失った後、再び幸せを感じることは可能です。喪失の直後はそんなことは無理だと思うかもしれませんが、時間が経つにつれ、徐々に心の変化が起こると思います。そんなことを思い出させてくれる絵本です。紹介してくれた女性に感謝します。
彼女のメッセージを読んだ別の読者からもお便りが届きました。
私も5月に母を亡くしていますが、本当にその通りだと、グリーフを乗り越えていくには、共感してくれる人の存在が本当に大切だと身をもって感じています。
母が病で倒れ、死へ向かうのを見ている中で、一番辛かったことは、なかなか誰にも共感してもらえなかったことです。唯一、理解して手を差し伸べてくれたのは、やはり同じように病で親を亡くした友人でした。主人でさえ、なぜ私がこんなに情緒不安定で機嫌が悪いのかと言い、大きなケンカになった事もありました。
でも、理解されなくても彼等に罪はありません。違う人間、価値観、感受性、環境の違いなどなどは人それぞれ。仕方ないのですよね、と頭では理解しましたが、やっぱり本当に孤独で辛かったです。
母を思い出して涙が出る事もあるし、もう会えないんだという実感を日に日に強く感じています。最近は少し涼しく秋めいたせいか特に、母がいなくても普通にこれからも季節が変わっていくんだと感じ、何ともやるせない気持ちになったりします。
でも、元気です。随分と気持ちも落ち着いています。それは未来を見ているからかもしれません。
今、音楽療法士になりたくて勉強を始めています。過去を振り返ると悲しくなるので、少し強制的に前を向こうとしているかなと思うときもあるのですが、新しい世界に踏み込んで行くのは素直にワクワクしますし、音楽の力をみんなに知ってほしいというのは、心の奥から出た素直な気持ちなのでこのまま進もうと思っています。
ただ、少しづつ音楽療法の現場を見学させてもらったりしていますが、母との思い出の曲などが出てくると涙が溢れてきてしまう事もあり、グリーフもまだまだだなぁと感じています。
季節の変わり目、グリーフになることがあると思います。大切な人を失った後も地球は周り続けるし、私たちの人生も続く。それは悲しいことでもあり、同時に希望でもあるかもしれません。
この女性は、音楽療法を勉強するという新たな目標に向かって進んでいます。それは『くまとやまねこ』の物語で、くまがタンバリンを弾き始めたことと似ているかもしれません。グリーフとは、心身共にエネルギーを消耗する過程です。そのエネルギーを他のことに費やすことができるようになったとき、心は回復に向かいます。
ただしそれは、忙しくして気を紛らわせ、グリーフを避けることとは違います。怒り、後悔、悲しみなど、グリーフによって生じる様々な感情と向き合わなければ、それを乗り越えていく(get through)ことはできません。
「乗り越える」と「克服する」の違い
私はグリーフの過程を考えるとき、「乗り越えていく(get through)」と表現しています。
“Get through” とは直訳で「通り抜ける」で、”Through”は「~の中を通って」という意味です。グリーフに限らず、心の葛藤はその中を通り抜けることによって、向こう側に辿り着くことができます。そういう意味で、「乗り越えていく」を使っています。
一方で、”get over”とは「克服する」「治る」「忘れる」という意味があります。大抵の心の苦しみとは、”get over”できるものではなく、グリーフも同じです。
私が音楽療法士としてホスピスで働き始めた頃、コロラド州にあるガーデン・オブ・ザ・ゴッズという場所に行きました。美しい赤い岩のフォーメーションの周りを散歩していると、その岩のひとつから、パイクスピークというロッキー山脈の山が見えました。
お土産屋さんで、この写真の絵葉書を見つけました。その写真の下に、こう書いてあったのです。
The best way out is always through.
有名なアメリカの詩人、ロバート・フロストの言葉で、「 抜け出る最良の方法は、通り抜けることだ
女性からのメッセージの最後に、こう綴られていました。
くまとヤマネコのお話。とても良いお話ですね。私にとってのやまねこは、音楽療法の世界と、そこで新しく出会っていく関係者の方やクライアントの方達なのかなと思いました。人々を癒やすであろう音楽療法の勉強をしながら、自分自信も新しい自分を見つけたり、壁を破っていきながら、自分自身も癒されていくのかもしれませんね。
徳武美由紀 says
いつもとても興味深く拝読しております。
「ガーデン・オブ・ザ・ゴッズから見えるパイクスピーク 」 のお写真を拝見し、私がうつ病から快方に向かう時の世の中の見え方にとても似ています。 うつ病の頃は、すべてがグレーに染まり、味覚も感じなく、とても辛かったです。
The best way out is always through.
私の場合は兎に角、辛抱強くうつ病と向き合い生き抜くことに専念し、ある時突然、一部分に色がつき、そこから、ゆっくりとですが、回復していきました。
Sato Yumiko says
コメントありがとうございます。とても興味深いです。
三井 徳明 says
この書き込みで暑いものを感じました。今回投稿された女性はきっと立派な音楽療法士になると思います。
グリーフの状態にある人には静かに接するべきです。そしてお話をよく聞いてあげることが最高のプレゼントだと思います。一方的な話でも反論をせず聞いてあげるだけで良いです。お話を聞き終えた後でコメントを加え共感するだけで良いと思います。私も大学病院に勤務していたときに同じようなグリーフ状態の女性と出会いました。この経験は私にとって貴重な遺産であると思います。それから10年以上たちますが私が通う教会の子供たちに上げてくださいというメッセージでクリスマスの時毎年チョコレートが送られてきます。その人から長い電話があったときはただお話を聞くだけとしました。そして共感してあげることによって自己判断力もアップすると思います。大切な肉親を亡くされたご家族にはアフターケアが大切だと思います。そのため私は現在もその人には年賀状とクリスマス・カードを送っています。
今回投稿された女性がグリーフ状態の経験を笑って話せる日が来ると思います。日本学会大会で絵我をでお会いする日が来る日を待ち望みます。
鈴木 留美 says
私の感想をブログに載せていただいた佐藤さんのご厚意により、共感してくださった人がいてうれしいです
顔は見えないつながりだけど、心は共感してるみたいな不思議な感じです
音楽の癒しと 気持ちに共感してくれる人 その両輪がクマを再起させたと思うので
この方も同じ経験をした友人と音楽療法で新たな道を歩くのですね 楽しみです