私は終末期医ケア(ホスピスケア、エンド・オブ・ライフ・ケア)を専門とする音楽療法士として、10年間オハイオ州シンシナティのホスピスで音楽療法を実践しました。音楽療法の現状が日本とアメリカで大きく違うように、終末期医療に関しても国によってたくさんの違いがあります。この記事ではアメリカのホスピスに関して、皆さんからよくあるご質問にお答えします。
アメリカで死亡する人の約半数が、ホスピスケアを利用する
NHPCO(National Hospice and Palliative Care Organization)によれば、アメリカで死亡する約45%の人が、ホスピスのケアを利用しています。これは病死以外の人も含めた割合なので、かなり多くの人がホスピスを利用していることになります。その大きな理由のひとつは、ホスピスの数です。アメリカでは現在、5300のホスピスがあります。
日本でホスピスケアを提供する機関(ホスピス・緩和ケア病棟として厚生労働省に届け出ているところ)は、全国で308施設です。この内、一般病院と併設でない独立型のホスピスは7施設あります。日本にはホスピスの数が少ないため、ケアが受けたくても受けられない人がたくさんいます。
ホスピスは「場所」ではなく「ケア」のこと
ホスピスは単なる場所ではありません。ホスピスとは末期の患者さんやそのご家族のために行われるケアそのものを指すのです。その目的は、患者さんがやすらかに、尊厳を持って最期のときを過ごせるよう、医療だけでなく心のケアを提供することにあります。
アメリカでは大半のホスピスケアは在宅で行われています。2017年のデータによれば、44.6%のホスピスケアは患者さんの自宅で提供され、32.8%が老人ホームで提供されました。ホスピス病棟で行われたのは14.6%のみです。
日本と同様に、在宅ケアが主流となってきていることがわかります。その大きな理由は経済的なことです。ホスピス病棟でのケアにはお金がかかるため、すべての患者さんを病棟でケアすることは不可能です。そのため、患者さんが在宅で最期まで過ごせるようにサポートしていくことが必要になってきます。
また、最期を自宅で過ごし慣れ親しんだ場所で死にたい、という患者さんは多いです。そのためにケアを提供するのがホスピスです。日本でも自宅で死にたいという患者さんが増えてきています。そのためには、在宅ケアが今後もっと普及する必要があるでしょう。
緩和ケアとホスピスケアの違いとは?
緩和ケアとホスピスケアの違いを混乱している人が多いようです。緩和ケア(palliative care)は「苦しみを和らげる」という意味なので、実際はホスピスでも「緩和ケア」が行われます。ホスピスや緩和ケアは「観念」+「システム」ですので、国によって若干解釈は異なりますが、基本的にはどちらも「患者さんに苦痛がないよう、医療だけでなく心のケアを提供すること」を目的としています。
WHO(世界保健聞機関)は緩和ケアをこのように定義しています。
緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、 心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと対処(治療・処置)を行うことによって、 苦しみを予防し、和らげることで、クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を改善するアプローチである。
緩和ケアはホスピスケアとは違って、余命に関係なく提供されます。実際、がんの早期から緩和ケアを受けることができます。しかし、それを知っている人は少ないです。日本緩和医療学会が平成22年度に行った調査によると、がんの早期から緩和ケアが受けられることを認識している人は約38%でした。「緩和ケア」=「死」というイメージが強いのでしょう。
ホスピスケア(エンド・オブ・ライフ・ケアとも呼ばれる)は、余命の短い患者さんに提供されるものです。アメリカの場合、ホスピスケアは6カ月以内の余命宣告を受けた人であれば、どんな病気の人でも受けられます。
国内では、緩和ケア(Palliative Care)、ホスピス(Hospice)、エンド・オブ・ライフ・ケア (End-of-Life Care)が明確に定義されていないため、混乱を招いています。奇妙なことに、音楽療法に関しても同じことが言えます。定義がはっきりしていないため、誤解されてしまい、正しい知識が広まらないのです。
あいまいなのは日本文化の特徴で悪いことだけではありませんが、言葉の定義がはっきりしていないと混乱を招くことになり、新しい観念がなかなか普及していかないのも事実です。その点が日本における緩和ケアやホスピスケアの難しい点のひとつだと思います。
アメリカのホスピスではどんな病気が対象となる?
ホスピスというと末期がんの患者さんのための施設、という印象があるかもしれません。日本のホスピスは、主に末期がんやエイズの患者さんが対象ですが、アメリカでは6ヶ月以内の余命宣告を受けた人であれば、どんな病気でもホスピスのケアを受けることができます。でも、余命を予測することは非常に難しいことなので、実際には6カ月以上ホスピスケアを受けている人もたくさんいます。
アメリカのホスピスの患者さんの60%以上は、末期がん以外の病気をもった人々です。2018年のデータでは、ケアを受けている人の病名の比率はこのようになっています。
がん=29.6%、心臓病・循環器病=17.4%、認知症=15.6%、呼吸器疾患=11%、脳卒中=9.5%、慢性腎臓病=2.2%。
2015年にアメリカ人歌手のホイットニー・ヒューストンとボビー・ブラウンの娘、ボビー・クリスティーナ・ブラウン(22歳)がホスピス施設に移送されました。このニュースを聞いて、「なぜホスピスへ?」と思った方も多かったようです。ボビー・クリスティーナは自宅のバスタブで意識不明の状態で発見され、医療行為によって昏睡状態にされました。その後、さまざまな治療を受けていたそうですが、容態は悪化する一方のため、家族がホスピスケアを選んだそうです。
ボビー・クリスティーナも母親のホイットニーのように薬物の常用者だったそうですが、彼女がなぜ意識不明の状態で発見されたのかはわかっていません。いずれにしても、アメリカのホスピスケアはがんの患者さんのみに提供されるものではないことがわかると思います。
ホスピスケアを受ける期間はどれくらい?
平均の滞在期間は23日。74.9%の人が90日間以内のケアを受け、180日間以上ケアを受けた人は13.1%でした。もっと早くからホスピスケアを受けて欲しい、というのがホスピス側の願いなのですが、それがなかなか難しいのです。
「ホスピス」=「死」というイメージはアメリカ人にもありますので、なるべくホスピスを避けたいとい気持ちがあるのでしょう。しかし、ホスピスケアを受けると寿命が延びる場合があるという研究結果も出ています。ホスピスケアについて正しい認識を広め、なるべく早い時期からケアを導入することが今後の課題と言えるでしょう。
アメリカのホスピスケアは政府によって支払われる
患者さんの病名や病状に関わらず、ホスピスケアに必要な経費は全てメディケア(公的医療保険制度)から支払われます。医療保険制度が発達していないアメリカで……? と驚く方も多いかもしれません。末期の病気と共に生きている人々を支えるために、1982年に “The Medicare Hospice Benefit” という法令が定められ、多くの人がホスピスケアを受けられるようになったのです。
メディケアがホスピスケアを受けている患者さん一人当たりに費やす平均は、一日約153ドル(日本円で約17000円)です(Hospice and End-of-Life Options and Costs)。
ちなみに、65歳未満でも、障害があり社会保障障害年金を受給している人もメディケアの対象となります。2018年のデータによれば、メディケア対象者の50.7%の人がホスピスケアを利用しました。
若い人もホスピスケアを利用している?
65歳以下の患者さんの場合は、大抵個人の保険から支払われます。アメリカ人の場合は保険がない人も多いので、保険がなくメディケアの対象にならない患者さんがたまにいます。そのような場合の対応はホスピスによって異なると思いますが、私が以前働いていたオハイオ州のホスピスでは、寄付金を利用してケアを提供していました。そのため、「費用が払えないからケアが受けられない」というケースはありませんでした。
サービスの内容は?
アメリカのホスピスには必ず、医師や看護師のほかに、看護助士、ソーシャルワーカー、チャプレン(聖職者)、グリーフカウンセラーがいます。メディケアからお金をもらうためにはボランティアもいなければなりませんので、ボランティアのトレーニングも重要です。
音楽療法士(ミュージックセラピスト)、アートセラピスト、マッサージセラピストなどは、ボランティアではなくスタッフとして雇われています。このようなサービスがないホスピスもありますが、近年ではその重要性が認識され、セラピストを雇うホスピスが増えてきています。
ホスピスケアは患者さんだけではなく、”loved ones(家族、友人、恋人など)”も対象になります。特に在宅ケアの場合、家族に負担がかかるので、家族が最期までケアできるように必要なトレーニングを提供したり、精神的サポートを行います。
そのため、ホスピスケアは患者さんの死後も続きます。グリーフ(悲嘆)を経験している遺族へのサポートを提供することはホスピスケアの一環と考えられています。その内容はホスピスによって若干異なりますが、個々のグリーフカウンセリングやグリーフサポートグループを提供したり、メモリアルサービスを定期的に行ったり、電話や手紙を通じて遺族と連絡を取り続けたりします。
ホスピス患者と働いている米国認定音楽療法士は600人にのぼる
私がこの仕事をはじめた当時、ホスピスでの音楽療法は、アメリカでもまだあまり盛んではありませんでした。しかし現在は、600人以上の米国認定音楽療法士がホスピスや緩和ケアの患者さんと働いています。
終末期医療において、音楽療法士はかかせない存在になってきているのです。音楽療法によって、薬では抑えられない痛みの緩和をしたり、ストレスや不安の軽減をすることができます。また、心のケアを提供することで、患者さんやご家族が最期を有意義に過ごすお手伝いもします。
音楽療法士はどのように活動する?
音楽療法はホスピス病棟や在宅など、患者さんの生活している場所で提供されます。基本は音楽療法士がひとりで訪問しますが、患者さんのニーズによって、ソーシャルワーカーやチャプレン(聖職者)などと一緒に訪問する場合もあります。また、音楽療法を遺族のグリーフケアとして用いる場合もあります。
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この記事ではアメリカのホスピスケアの現状をご紹介しました。文化の違いはあれど、人生の最期に人々が求めているものに国境はないと思います。苦しみたくない、しっかりとしたケアを受けたい、家族に負担をかけたくない、有意義な時間を過ごしたい、人間として尊重されて最期まで生きたい。アメリカでも日本でも患者さんの願いは同じです。
現在日本でホスピスケアを受けることができる患者さんは、ごく少数です。近所に良い在宅医の先生がいる、緩和ケア病棟があってそこに入院できる、入居している高齢者施設でホスピスケアを行っている、などの場合は問題ないのですが、地域によってかなりのばらつきがあるのが現状です。
アメリカのホスピスケアはパーフェクトではありませんが、年月をかけて今の形ができたのだと思います。日本にもホスピスケアが広まることを願うばかりです。そのためには、医療関係者のみならず一般の人たちにもっとホスピスケアを知ってもらうことが大切だと思っています。この記事が参考になりましたら、ぜひお友だちやご家族と共有ください。
(参考資料)NHPCO Facts Figures 2020
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