グリーフとは?
私は気がおかしくなったわけでも、性格が悪いわけでもないとわかってほっとした。
グリーフについて初めて知った人たちから、そんな言葉をよく聞きます。グリーフ(grief)とは、直訳すれば「深い悲しみ」や「悲嘆」を意味する言葉で、大切な人を失ったときに起こる身体上・精神上の変化を指します。大切な人やペットとの死別以外でも、離婚、引越し、職を失くしたときなど、私たちはグリーフを経験します。
2019年にアメリカ人を対象に行われた世論調査では、「過去3年間でグリーフを経験した」と答えた人が1084人中780人でした。そして、グリーフの原因は下記のような結果でした。
- 家族(子どもや配偶者を除く)や親しい友人を亡くした — 32%
- 大切な関係(友人、恋人など)を失った — 29%
- 家族が重い病気や慢性な疾患と診断された — 23%
- ペットの死—20%
- 自分が重い病気や慢性な疾患とと診断された — 15%
- 仕事やキャリアを失った — 11%
- 家や所有物を失った — 4%
- 配偶者やパートナーの死 — 3%
- 子どもの死 — 2%
グリーフは喪失に対する自然な反応で、その要因は様々です。このページでは、大切な人を亡くした時に起こるグリーフに焦点を当てますが、グリーフとは必ずしも「死」を意味しないことを知っておいてください。
グリーフの症状とは?
グリーフとは常に水面下にあるもので、突然予想もしていない時に襲いかかってきます。ショック、否定、怒り、後悔、深い悲しみ、不安、孤独感など、グリーフにはさまざまな感情がともないます。最愛の人の死後涙が止まらない人もいれば、しばらくの間ショックで悲しみを感じない人もいます。どちらが正しいというわけではなく、両方ともその人なりの自然なグリーフの症状なのです。
また、グリーフは体や思考にも影響を与えます。物忘れが激しくなったり、物事に集中できなくなったり、体がだるく疲れやすくなったり、食欲の変化が現れたりする場合もあります。あなたには次のような症状がありますか?
- 物忘れがはげしくなる (例:頻繁に鍵をなくす)
- 何か言いかけて、忘れてしまう
- 物事に集中できない
- 沢山の人と一緒にいても寂しくなる
- 溢れ出すような気持ちに圧倒される
- テレビや映画を見ていたり、本や新聞を読んでいるときなどに突然イライラしてしまう
- 理由もなく泣き出す
- お正月、誕生日、結婚記念日、母の日などに大切な人を亡くしたという気持ちでいっぱいになる
- 気持ちが落ち着いた時期が続いたと思うと、突然理由もなくうつになる
- 亡くなった人、家族、または自分自身に対して怒りがある
- 大切な人が亡くなったという事実が信じられない(〇〇は死んだとわかっていても、いつか帰ってくるような気がする)
- 夫婦、兄弟、親子などを見ると亡くなった人を思い出し、突然悲しくなる
- 懐かしい場所に行ったり、亡くなった人がつけていた香水のにおいなどをかいだりすると、突然悲しくなる
- 周囲の人が自分の心の苦しみに気づかない、ということに驚いてしまう
- 亡くなった人の写真を思いがけなく見つけると、心が突然揺さぶられてしまう
- 人生が虚しく感じ、意味がないものに思える
- 夜眠れない
- 亡くなった人が頻繁に夢にでてくる
- 体がだるく、疲れやすい
- 楽しいことをすると、罪悪感がある(〇〇は死んでしまったのに、自分だけ楽しい思いをしては申し訳ない・・・)
- 大切な人が、死によって苦しみから解放されたことにほっとしている。そしてそう思う自分に罪悪感を感じる
- 大切な人の死を防げなかった自分に罪悪感を感じる(例:もっと早く病院に連れて行けばOOOは死ななかったかもしれない)
- 食欲がない
- 今までやっていたことに興味がなくなった(例:定期的にしていた運動をしなくなる)
- 忙しく予定をたてて悲しみをまぎらわせようとしている
- 亡くなった人が死に至った過程を何回も人に説明してしまう
- 懐かしい曲を聴くと、淋しくなる
このリストからもわかるように、グリーフの症状は人それぞれ違います。
大切な人が亡くなる前から、グリーフははじまる
実際に死別を経験する前に起こるグリーフを「アンティシパトリーグリーフ(anticipatory grief)」と呼びます。アンティシパトリーとは「予期しての」という意味で、大切な人の死を予期して起こるグリーフのことです。日本では「予期グリーフ」と呼ばれることもあります。以前、認知症の奥さんを介護している男性からこんなメッセージが届きました。
妻の体はここにあっても、過去の妻と別れたような悲しみがあるのです。自分の中ではすでにグリーフがはじまっていると思います。
もし今、あなたが大切な人の死に直面し、否定や怒り、後悔などを感じ、不眠や物忘れなどの影響が出ているとしても、それは誰にとっても普通のことであり、決しておかしくなってしまったわけではありません。最愛の人が亡くなる前からグリーフははじまっているのです。
※死に直面した人々もアンティシパトリーグリーフを経験する場合があります。
遺族は「励ましの言葉」を求めていない
大切な人の死から数日後、たいていの人は仕事に復帰し、まるで何もなかったかのように生活することになるでしょうし、そうしなければいけないと感じるでしょう。もし、あなたがいつまでも悲しんでいたら、周りから思わぬ言葉をかけられることになるかもしれません。
「いつまでも泣いていたら、〇〇(亡くなった人)が悲しむわよ」
「もっと前向きにならないとだめよ」
「何年も一緒にいられたんだからありがたく思わないと」
「〇〇は苦しみから解放されたんだから良かったじゃないの」
「あなただけじゃないんだから元気出して」
相手は励ましのつもりでかけた言葉でしょうが、あなたは自分の気持ちをわかってもらえないことに驚き、ますます孤独感を募らせることになるでしょう。
グリーフとは「期限があるもの」と誤解している人が多いです。どれくらいの月日が経てば、人はグリーフを乗り越えることができるか。このテーマに関してこれまでさまざまな研究が行われてきましたが、結論から言うと、グリーフの過程には個人差があるため、タイムライン(スケジュール)のようなものはありません。喪失によって起こる苦しみから回復に向かうまで、数か月かかる人もいれば数年かかる人もいます。
ですから周りの人にお願いしたいのは、「もうその話は聞いた」「あなたの気持ち、私にもわかるよ」などと言わずに、何度でも、ただ親身に耳を傾けてほしいということです。喪失を経験した人の気持ちは、自分には想像できないという前提で話を聞いてみることが大切です。
グリーフと付き合っていくためのヒント
最初の一年は大きな決断をしない
大切な人を失ったあとは、冷静に物事を考えるのが難しくなります。なので、しばらくの間は大きな決断をしないことをおすすめします。家を売る、引っ越す、仕事を変えるなど、家族の死後、大きな決断を迫られるタイミングは何度も訪れるでしょう。そのときは無理に決断せずに、できることなら1年くらいは待ったほうがいいです。
自分に優しくする
グリーフとは、周囲が想像する以上に、当の本人にとっては肉体的にも精神的にも疲れる、苦しい過程となります。すぐにもとの生活に戻れないのは、当たり前です。何よりも、セルフケア(自分を思いやること)だけは忘れないようにしてください。
記念日や祝日・祭日は、グリーフの渦中にある人にとっては特につらい日になるかもしれません。周りの人がどれだけ誘ってこようとも、自分の気が進まないなら無理に行事に参加する必要はないです。いまは自分に優しくすることを優先してください。
自分の気持ちに素直になって、やりたいと思ったことだけをしましょう。それは決して自分勝手な行為なのではなく、あなたがグリーフを乗り越えていくために必要なことなのです。
感情を殺さない
グリーフの過程において、気持ちを表現することはとても大切です。あなたが抱えている悲しみも苦しみも、なんらかの形で表現することで、初めて外側に解放され、回復への一歩を踏み出すことができます。
表現といっても、それは言葉である必要はありません。音楽やアート、手紙など、そのような手段を用いることもおすすめします。ただし、音楽を用いるにあたって注意してほしいのは、誰もがリラックスできる音楽も、誰にでも効く音楽も、存在しないということです。これを聴けば誰もが悲しみを乗り越えられる。そんな音楽はありません。音楽への反応はひとりひとり違います。
アプローチとしては、まず自分が聴きたいと思う音楽を聴くのがシンプルで良いでしょう。音楽は感情を刺激するものなので、聴いているうちに感情が湧き上がることもあると思います。その場合も、その気持ちを無視したり、押し殺したりしないほうがいいです。あふれてきた感情をそのままに感じて、受け入れるようにしてみましょう。
涙だって、こらえる必要はありません。いやな気持が浮かんできても、それを無理に矯正しようと思う必要もありません。喜怒哀楽、さまざまな感情を経験するのはごくごく普通で、とても自然なグリーフの過程なのです。
リチュアル(儀式)を取り入れる
大切な人の死を受けとめ、その人のためのリテュアル(儀式)を行うのはいいアイディアです。葬儀や法事はリテュアルの例ですが、ここでお話しするリチュアルとは必ずしも宗教的なものではなく、個人で創り出すセレモニーのことです。いくつかのアイデアとして、キャンドルに火をともす、故人の話をする、木を植える、手紙を書く、写真を飾る、などがあります。メモリアルサービス(追悼式)で音楽を演奏したり、故人の好きだった音楽を流すなど、様々な方法で音楽をリチュアルに取り入れることができます。
周囲にサポートを求める
グリーフになっているとき、周りのサポートは欠かせません。でも、周りの人はどのようにあなたをサポートしていいかわからないことが多いでしょう。あなたがグリーフに打ちひしがれているとき、周囲の人たちも戸惑っているのです。あなたが具体的にどうしてほしいのか、それを素直に伝えてあげてください。
たとえば、話を聞いてほしい、法事の準備を手伝ってほしい、家の片づけを手伝ってほしい、など。あなたが何を必要としているかがわかれば、周りの人もサポートしやすくなります。
ちなみに、「喪失の経験」を何度も繰り返し話すというのも、グリーフの症状のひとつです。故人が死に至った経過、そのときに感じた気持ち。そういった話を何度も周囲に語っている自分に気づく瞬間があるでしょう。
ショックな出来事があったとき、それを受けとめて前に進むまでには、果てしない時間がかかります。だからあなたは、誰かに話をすることによって、受け入れたくない出来事を少しずつ受け入れようとしているのです。
ですから、周りの人は「またその話?」「もうその話は聞いた」などと言わずに、何度でも親身になって耳を傾けてください。それが当人にとって、大きな支えとなるでしょう。
同じような経験をした人と知り合う
同じような喪失の経験をした人たちと知り合うことも、心の支えにつながることが多いです。配偶者を亡くした人、子どもを亡くした人。それぞれにしかわからない気持ち、経験した人にしかわからない感情というものは、どうしたってあります。
私も兄を亡くしたあと、同僚からの言葉に励まされました。彼女も若いときにお兄さんを亡くした経験があったのです。彼女は、当時を振り返ってこう言いました。
兄が死んだことよりも、わが子を失った両親の姿を見ることがつらかった。
それは、私の心境そのものでした。でも、おそらくこれは、兄弟姉妹を失った人にしかわからない気持ちでしょう。この複雑な感情をわかってくれる人がいるということ。そして、このような経験をしているのは自分だけではない、という事実。それに勇気づけられたのです。
年末年始の過ごし方
身近な人の死を体験した場合、その人がいない初めての年末年始はとてもつらいでしょう。やりたくないことを無理にする必要はありません。パーティーや忘年会などの行事が重荷の場合、今年は参加しないことにして、それを家族や友人に知らせて下さい。
自分の気持ちを信頼できる人にに打ち明けてみるのもひとつの方法です。あなたが今年、どうやって年末年始を過ごす予定なのか、素直に言うことが大切です。そして、もし亡くなった人の話をしたければしてもいいのです。そうすることで相手も、故人の話をあなたとしても大丈夫だと感じるはずです。
また、行事に友人を連れて行くのもいいアイディアです。もし早めに退席したい場合どうやって早く抜け出すか、いわゆる「避難プラン」をたてておくと便利です。
行事の何週間か前から心の休まることを計画し、楽しみを増やしましょう。何か新しいことを計画してもいいですし、馴染みのあることを計画してもいいいです。友人と食事に行ったり、ボランティアをしたり、旅行をしたりして、新しい思い出を作るのもいいかもしれません。 とにかく、あなたがしたいことをするのです。現実的な目標をたてることと、自分に優しくすることが大切です。
死んだことが信じられない、気が狂ってしまったような感覚
愛する人の死を、頭では理解していても、心では受けとめられていない。喪失を経験したことのある人であれば、理解できると思います。
2005年に出版され、全米ベストセラーになった “The Year of Magical Thinking” (『悲しみにある者』)の中で、著者のジョーン・ディディオンは夫が心臓発作で亡くなった後の複雑な心境を率直に語っています。
グリーフとは、そこにたどり着くまで、誰にもわからない場所である。大切な人がいつか死ぬ可能性があることは予測しているが、私たちはそのような想像上の死の直後に続く数日間、または数週間を思い描いてはいないし、その性質さえも誤解している。
死が突然であれば、ショックを受けることは予想できる。でも、そのショックが心と体を混乱させるとは思っていない。喪失によって、慰めようがなくなり、気が狂ったようになってしまうことは予想していても、実際に気が狂い、死んだ夫が帰宅したら靴が必要だと信じてしまうとは想像していないのだ。
ディディオンは亡くなった夫の靴を捨てることができませんでした。彼が帰ってきたときに靴がないと困ると思ったからです。そして夫の臓器提供を拒否した理由も、臓器がなければ彼は生き返ることができないと感じたからでした。
「死んだことが信じられない」とか「死んだ人がもしかしたら帰ってくるかもしれない」という感覚は、グリーフによる「ショックと否定」の感情です。ディディオンのように「本当に気が狂ってしまった」と感じることもありますが、あくまでもグリーフの症状ですので、普通のことと言えます。
長年病気を患っている人が亡くなった場合、ある程度心の準備をする時間があります。でも、そのような場合でも死が実際に起こったときはやはりショックがあり、「信じられない」という気もちになる場合もあります。このようなショックや否定の気持ちは、時と共に薄れていくものです。
グリーフにおける後悔
後悔はグリーフの過程において避けられない感情です。どんなに献身的に介護した人でも、大切な人を失った後、「もっとできることがあったのでは」と思うのは普通です。過去を振り返り、「〇〇すればよかった」「〇〇するべきだった」と自分を責めている人もいると思います。
数年前に高校生の息子さんを亡くしたある女性は、こう語ります。
先日、あることを思い出しました。息子が亡くなるとき、下の子どもたちと歌を唄いました。意識がなくなり鼓動が止まる
まで、歌を唄って送ったことを思い出し、ずっと自分を責めていたこと、何か他にやれたんじゃないかという後悔から、救われた気がしました。精一杯やれたんだ、と。
喪失後に感じる強烈な後悔は、グリーフと向き合うことによって薄れていくことが多いです。グリーフは必ずしも時間が解決してくれるものではないですが、時間が経つにつれて感情は変化します。この女性のように「あの時はできることをやった」と思える日が来ると思います。
複雑なグリーフとは?
普通のグリーフは、時間が経つごとに少しずつよくなっていきますが、複雑なグリーフ(complicated grief)の場合は、時間が経っても症状が改善されず、よけいにひどくなっていく場合もあります。複雑なグリーフの症状として、下記の例が挙げられます。
- 強烈な悲しみや苦しみを感じる
- その人の死以外に何も考えられない
- 人を信用できない
- 死を認めることができない
- 人生が無意味に感じる
- 死んだ人との楽しい思い出を思い出すことができない
- 自分も一緒に死にたかったと思う
- 普通の生活ができなくなる
- 亡くなった人の死は自分のせいだと思っている
グリーフが複雑になる理由はさまざまですが、主に下記の理由が挙げられます。
社会的に認められない死
自殺など、社会的に認めらない死によって大切な人を失った場合、残された家族のグリーフは複雑になります。グリーフを乗り越えていく(get through)ためには、「社会的なサポート」が必要だからです。特に欧米では宗教的な理由から、「自殺は罪である」と考える人が多いため、遺族は周りから批判的な目で見られることがあります。日本でも多かれ少なかれ似たような現状があると思います。
殺人
大切な人が殺された場合、家族や友人はグリーフと同時にトラウマを経験することになります。突然殺人によって大切な人を失ったら、ショックで信じられない気持ちが続くでしょう。加害者に対する怒りとともに、殺された人を守れなかった罪の意識に悩まされるかもしれません。また、殺人事件の場合は裁判やメディアなどが関わるため、グリーフの過程はさらに複雑になります。殺人によって家族や友人を亡くした人たちには、格別の配慮が必要です。
死の不確かさ
亡くなった人が死に至った状況が不確かな場合、グリーフは複雑になります。例としては、誘拐された子どもが見つからない場合、震災の犠牲者や戦死した軍人の遺体が発見されない場合などです。
お葬式では大抵の場合、遺体があります。日本の仏教のお葬式では、火葬した後骨を遺族に見せます。これは、「死を認識する」という意味で、とても重要な役割を果たします。亡くなった人の骨を見れば、死を認識せざるを得えないからです。でも、遺体がない場合「もしかしたらまだ生きているかもしれない」という期待を完全に捨てることができないため、グリーフの過程が難しくなるのです。
多くの死を同時に経験した場合
飛行機事故や交通事故で数人の家族を同時に失った場合、当然グリーフも複雑になります。地震などの災害で多くの人が同時に死んだ場合も同じです。彼らが経験するグリーフは、計り知れません。
東日本大震災以来、グリーフに苦しんでいる人が大勢います。本人がそれをグリーフだと認識していなくてもです。津波で家族を亡くし遺体が見つからない場合などは、その人の死を受け入れるのがさらに困難になるでしょう。震災で犠牲になった人々には、長期にわたってのサポートが必要です。
死んだ人との関係
亡くなった人との関係が良好であった場合、それだけグリーフが深くなるのではないかと思われがちですが、実は逆です。故人との関係がこじれていた場合、2度とそれを問いただすことができないため、後悔や怒りが残ります。死んだ人との関係を修復することはできないのです。だからこそ、生きているうちに家族や友人との関係を改善しておくことが大切です。
その人の精神状態
もともとうつだったり、精神的にバランスがとれていない人は、大切な人を失ったときに対応できないかもしれません。また、以前に複雑なグリーフを経験した人は、またそうなる可能性があります。グリーフは誰もがいつかは経験する道のりですが、複雑なグリーフの症状が出ている場合、専門家の助けを求めてください。
子どももグリーフを経験する
子どもも大人と同じようにグリーフを経験することを知っていますか? 考えてみれば当然のことなのですが、このことはあまり知られていないように思います。大人と同じく、子どもも大切な人やペットとの死別、両親の離婚、引越しなど、様々な理由でグリーフを経験します。
大人のグリーフと比べ、子どものグリーフは複雑化しやすいです。喪失を経験したあと、子どもは大人と同じようにさまざまな感情を抱きますが、子どもはその複雑な感情を的確に表現する言葉を持っていないため、気持ちが行動に出てしまいがちです。グリーフを乗り越えられなかった子どもは、のちに非行に走ったり、登校拒否やひきこもりになったりする場合もあります。
幼いころ母親を病気で亡くし、そのグリーフが原因で学校で問題を起こしていたオリビアという少女のストーリーを『ラスト・ソング』で紹介しました。彼女の母親はガンで亡くなったのですが、オリビアは母親の死を自分のせいだと思っていました。
父親は亡くなった母親の話を避けるようにしていたため、「お母さんは忘れられてしまった」とオリビアは感じていました。気持ちを表現する場がなかった彼女は、学校で同級生と喧嘩したり授業をさぼるようになったのです。
音楽療法のセッションを通じて、オリビアは少しずつ自分の気持ちを話せるようになり、母親の死は自分の責任ではないことを理解しはじめました。そして、母親を亡くしたグリーフと現在の自分の行動が関係していることにも気づいたのです。
子どもたちもあなたと同様にグリーフになっていることを理解し、さまざまな面でサポートをすることが大切です。周囲の大人の反応によって、子どものグリーフの過程は大きく変わります。大切な人を亡くした子どもたちに、私たち大人はどう接したらいいのでしょうか? いくつかのポイントをご紹介します。
死について、なるべくシンプルに真実を伝える
「おじいさんは眠っているのよ」、「神様がパパを連れて行ったのよ」というような抽象的なフレーズは、子どもを混乱させます。子どもは言葉を文字通り受けとめるため、「おじいさんは眠っているのなら、いつか起きるだろう」と考えたり、「神様がパパを連れて行ったのなら、次はママが連れて行かれるかもしれない」と心配したりするのです。
死についての理解力は子どもの年齢によって違いますので、その子の年齢に合わせて、シンプルに真実を伝えることが大切です。
亡くなった人の話を避けない
人が亡くなったとき、周囲の大人は子どもにつらい思いをさせまいと、死んだ人の話を避けようとします。しかし、このような行動は子どもにとって逆効果です。子どもは、死んだ人が忘れられてしまったと感じます。そして、死について質問したり、気持ちを表現する場を失ってしまうのです。
何においても、子どもたちが自分の気持ちを安心して表現し、死やグリーフについて質問できる環境をつくることです。そのためにも、まずは私たち大人がグリーフを理解し、受けとめることが必要でしょう。
気持ちを表現し、死やグリーフについて質問できる環境をつくる
子どもが安心して気持ちを表現する場をつくることが大切です。音楽療法やアートセラピーは、子どものグリーフケアに効果的です。音楽やアートを使って感情を表現することが、グリーフを乗り越える力になるからです。子どもは長時間にわたってカウンセリングができません。言葉だけのカウンセリングは、子どもにとって強烈過ぎることが多いため、音楽やアートを使って遊びの要素を取り入れることでバランスをとるのです。
大切な人が死んだのは、子どものせいではないことを教える
身近な人が死んだとき、子どもは自分のせいだと思うことがよくあります。「私がいい子だったらお母さんは死ななかった」とか、「私が弟をいじめなければ、弟はまだ生きていたかもしれない」というふうに考えます。そのような思考が、子どもに悪い影響をおよぼすのは言うまでもありません。大切な人が死んだのは、子どものせいではないことを伝えてください。
そして、家族の死後も生活はこれまで通り続いていくことを伝えることも重要です。子どもの日常が保証されることを示してあげることは、彼らにとっても安心感につながるのです。
大切な人を失った子どもは、人生の過程の中で何度もグリーフを経験します。卒業式、就職、結婚式、出産など、人生における大きな出来事を経験するたびに、亡くなった人のことを思い出すからです。しかし、これは彼らのグリーフが解決していないことを意味しません。その悲しみは、彼らの成長過程においてあくまでも普通のことであり、そのたびに素直に悲しむことで、彼らは何度でもそれを乗り越え、強く、未来へと歩んでいけるのです。
プロフェッショナル・グリーフとは?
職業柄起こるグリーフは「プロフェッショナル・グリーフ」と呼ばれます。医療や介護現場で働き、数々の死を目の当たりにしているスタッフが経験するグリーフです。パーソナル・グリーフ(個人的なグリーフ)に比べ、プロフェッショナル・グリーフは周りに気づいてもらえないことが多く、本人も認識していない場合があります。積み重なる喪失に向き合わないでいると、コンパッション・ファティーグ(思いやりの疲労)やバーンアウト(燃え尽き症候群)につながる可能性があります。
医療介護従事者は「普通ではないこと」を日々経験します。例えば、死は人生において普通のことですが、死に逝く人やその家族と日々接するという環境は普通ではありません。私たちは、その「普通ではないこと」を知らず知らずに家に持って帰ってきてしまうのです。まずはそれを認識しないといけないと思います。ケアする側にもケアが必要です。
トンネルの先には明かりが見える
グリーフを乗り越えていくうえで近道はありませんが、特有の症状や過程を認識するだけでも、多くの人は安心できます。悲しみとの向き合い方がわかるようになってきたころ、少しずつですが心境の変化を感じる瞬間が訪れると思います。
それまでグリーフと向き合うために費やしていたエネルギーを、他のものごとに注げるようになります。嬉しいことがあったとき、心からその喜びを感じることができるようになるでしょう。たとえそれがほんのひと時であっても、そう感じる時間は徐々に徐々に長くなっていくはずです。
アメリカでよく使われる言葉で、このようなフレーズがあります。
There is always a light at the end of the tunnel.
「トンネルの先には必ず明かりが見える」という意味です。グリーフはつらく長い道のりですが、その先には必ずあかるい光があるはずです。
『死に逝く人は何を想うのか 遺される家族にできること』(ポプラ社)参照